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東京地方裁判所 平成6年(ワ)2167号 判決

甲事件原告・乙事件被告・丙事件被告(以下「原告会社」という。)

神谷商事株式会社

右代表者代表取締役

神谷一男

右訴訟代理人弁護士

佐藤博史

高橋一郎

甲事件被告・乙事件原告(以下「被告」という。)

吉岡憲二

丙事件原告(以下「組合」という。)

労働組合東京ユニオン

右代表者執行委員長

西田英俊

右二名訴訟代理人弁護士

内田雅敏

竹岡八重子

主文

一  原告会社は、被告との間で、雇用契約上の義務を負担しないことを確認する。

二  被告の請求を棄却する。

三1  原告会社は組合に対し、九〇九万三四〇〇円及び平成八年六月以降毎月末日限り九万五七二〇円を支払え。

2  組合のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用については、原告会社と被告との間で生じたものについては被告の負担とし、組合と原告会社との間で生じたものについては原告会社の負担とする。

五  本判決は主文第三項1に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件

主文第一項同旨

二  乙事件

原告会社は被告に対し、一二六二万七〇〇〇円及び平成六年二月以降毎月二五日限り二〇万〇七〇〇円を支払え。

三  丙事件

原告会社は組合に対し、九三〇万〇一七四円及び平成六年六月以降毎月末日限り一三万三〇〇〇円を支払え。

第二事案の概要

(甲事件)

原告会社は、被告が長期間にわたり就業規則に違反した無許可焼鳥営業に従事して欠務し、原告会社の建物内に無断で「神谷商事屋台部」なる機関を設置し、社長室に乱入の上、同室を占拠し、撹乱、業務妨害を行ったとして、昭和六三年一二月一七日に同月二〇日付けをもって被告を通常解雇(以下「本件解雇」という。)した旨主張し、被告に対しては雇用契約上の義務が存しないことの確認を求めている。

(乙事件)

被告は、本件解雇が無効であると主張し、原告会社に対し、本件解雇日の翌日以降の賃金(月額二〇万〇七〇〇円)の支払いを求めている。

(反訴状記載の請求の趣旨によると、被告は原告会社に対し、一二六二万七〇〇〇円及び平成六年二月以降毎月二五日限り二〇万〇七〇〇円の支払いを求めているが、被告の請求する右月額二〇万〇七〇〇円を基礎に計算すると、平成元年一月から平成六年一月までの賃金合計額は、一二二四万二七〇〇円となるので、被告の求める一二六二万七〇〇〇円のうち右を超える分については違算ではないかと考えられる。)

(丙事件)

組合は、原告会社は組合に対し、労働協約上若しくは労使慣行上、組合が第三者から賃借している組合事務所の賃借料全額を支給すべき義務があるのに、昭和六二年一月から昭和六三年六月まではその一部しか支給せず、また、昭和六三年七月以降はその全額を支給していないとして、主位的に労働協約に基づき、予備的に不法行為に基づき、右未支給金ないしは、未支給金相当額の合計九三〇万〇一七四円(訴状記載の請求原因によると、昭和六二年一月分一万〇二〇〇円、同年二月から昭和六三年六月まで各月一万六九九〇円、同年七月から同年一二月まで各月一一万二七一〇円、平成元年一月から平成二年一二月まで各月一二万円、平成三年一月から平成六年五月まで各月一三万三〇〇〇円)と平成六年六月以降毎月一三万三〇〇〇円の右賃料の支払いを求めている。

(争いのない事実)

一  全事件

(当事者関係)

原告会社は、資本金一二〇〇万円、従業員数約七〇名(但し、うちパート五〇名)を擁する株式会社で、JR渋谷駅東口宮益交差点間近に、地下二階、地上九階の渋谷東口会館なる建物(以下「本件会館」という。)を所有し、本件会館内でボーリング場(シブヤボウリング)、ビリヤード場(プールホールCUE)、カラオケBOX(渋谷カラオケ倶楽部)を自ら営業するほか、その余のフロアーを事務所、ゲームセンター、ビデオショップ等として賃貸しており、業務の態様上毎日五〇〇〇人以上の顧客が本件会館に出入りしている。

被告は、昭和四九年六月、臨時社員として原告会社に採用され、当時原告会社が経営していた麻雀部門に配属になった後、昭和五〇年三月ボーリング部門に配転され、昭和五一年一二月正社員となった。

組合は、主に東京都内の中小企業で働く労働者の個人加盟により組織されている労働組合で、その組合員数は約八五〇名である。原告会社には、昭和五四年一一月一日にその従業員によって結成された労働組合東京ユニオン神谷商事支部(以下「支部」という。)があり、この組合員数は、昭和六三年当時、約二〇名で、支部長は被告であった。

二 甲事件及び乙事件

1  本件解雇事由について

原告会社は、本件解雇事由として左記の主張し(ママ)ている(但し、原告会社の主張する就業規則の定についてはこの主張するとおりの定がなされていることについては争いがない。)。

〈1〉 屋台営業

支部は、昭和六三年五月九日、本件会館正面玄関前の明治通り歩道上において、屋台を設置して、焼鳥営業(以下「本件屋台営業」という。)を開始した。

被告は、本件屋台営業開始日から本件解雇までのおよそ七か月あまりの間その営業に専念し、所定労働日においても全く就労しないか、就労しても二ないし三時間という極めて短時間であった。この結果、本件屋台営業開始当時の賃金計算期間である同年四月二一日から本件解雇日までの八か月間(八賃金計算期間)を通じての被告の就労率(実労働時間を所定労働時間で割ったもの)は、わずか三四パーセントという低さであり、また、右八か月間で、被告が所定勤務時間(午前一〇時から午後七時まで)勤務したのはわずか一一日間にすぎず、一か月間に二日にも満たない。

以上の被告の行為は、遵守義務を定めた原告会社の就業規則四条(従業員は、職務上の責任を自覚し、誠実にこの規則並びに関係諸規定を遵守し、所属上長、又は所属長の指示に従い、職場の秩序を保持し、互いに協力して、その職務を遂行しなければならない。)、基本的心得を定めた同規則二六条(従業員は、この規則ならびにその他の諸規定及び業務上の命令を遵守し、職場の風紀の維持に努め、明朗活発で誠実な勤務を旨として業務を遂行しなければならない。)、二重就職等の制限を定めた同規則二九条(所属上長の命令又は許可を受けないで在籍のまま他の事業に従事したり又は、その他の業務、公職に服したりしてはならない。)、服務心得を定めた同規則三〇条七号(従業員は常に次の各号に定める事項を守り職務に努めなければならない。七号 原告会社の諸規則、諸規定に反する行為、及び所属上長、所属長の指示に反する行為をしないこと。)に違反し、解雇事由を定めた同規則二一条二、五及び九号(従業員が次の各号の一に該当するときは解雇する。二号 勤務態度、成績が著しく不良で就業に適さないと定めたとき。五号 正当な理由なく、しばしば無断欠勤し、警告に応じないとき。九号 その他、前各号に準ずる事由が生じ、又は事業経営上、やむを得ない都合があるとき。)に該当する。

〈2〉 「神谷商事屋台部」なる機関の無断設置

被告は、昭和六三年六月ころ以降、本件会館六階に「神谷商事屋台部」なる機関をほしいままに無断で設置し、本件会館六階部分を無断で業務外の用途に供した。

被告の右行為は、前記就業規則四条及び二六条、服務心得を定めた同規則三〇条三号(従業員は常に次の各号に定める事項を守り職務に努めなければならない。三号 自己の業務上の権限を超えて専断的なことを行わないこと。)、勤務規則を定めた同規則三三条六号(勤務に関しては次の各号を守り、自己の職責を自覚し、進んで業務能率の向上に努めなければならない。六号従業員は、就業時間中はもちろん、それ以外の時間であっても、自己の勤務場所以外の場所に正当な理由なく立ち入ってはならない。又、原告会社の施設を私用に利用したりしないこと。)に違反し、前記解雇事由を定めた二一条九号に該当する。

〈3〉 社長室乱入、占拠、撹乱、業務妨害

被告は、出勤停止処分期間中であったにもかかわらず、昭和六三年一〇月二四日午後三時すぎ、組合員七名とともに、原告会社に対し申し入れがあると称し、再三にわたる原告会社の退去命令を無視し、先頭に立って九階社長室に乱入し、これを制止しようとした役員らを突き飛ばし、約三〇分にわたり社長室を占拠した。その間、社長室から乱入者を退去させようとした役員らに対し、ネクタイを引っ張る、小突く、腕を掴んで押え付ける、体当たりをするなどの数々の暴行行為を繰り返し行い、原告会社の業務を著しく妨害し、原告会社の秩序を乱した。

被告の右行為は、前記就業規則四条、二六条、三〇条七号及び三三条六号、社内秩序保持を定めた同規則三一条一、九号及び一〇号(従業員は原告会社内の秩序保持の為、次の各号を守らなければならない。一号 会社の善良な習慣を破り、行事を妨げ、若しくは業務を直接、間接を問わず阻害する行為をしないこと。九号 原告会社構内で、みだりに放歌をする等、喧噪な行為をしないこと。一〇号 原告会社構内で、窃盗、暴行、脅迫、賭博、監禁等の不法行為、並びに公序良俗に反する行為をしないこと。)に違反し、前記解雇事由を定めた同規則二一条九号に該当する。

2  本件解雇に至る経過について

原告会社は被告に対し、本件屋台営業及び「神谷商事屋台部」なる機関の無断設置に関して、以下のとおり繰り返し文書による警告をなした。

年月日 警告対象

昭和六三年五月二八日 本件屋台営業

同年六月一一日 同右

同月一八日 同右

同月二五日 同右

同月二八日 「屋台部」無断設置

同年八月一〇日 同右

同月二七日 同右

同年九月一九日 同右

同月一九日 同右

同年一〇月一五日 同右

同年一一月二日 同右

しかし、被告は右警告を無視し、本件屋台営業(但し、原告会社の主張によればこの外に「神谷商事屋台部」なる機関の無断設置をも含めている。)を継続したことから、原告会社は、本件屋台営業を企画、立案ないし指揮している支部及び組合に対し、同年五月下旬に至るまで一〇回にわたり書面により注意・警告を発している。しかし、原告会社は、右警告にもかかわらず、被告が本件屋台営業及び原告会社の主張する「神谷商事屋台部」なる機関の無断設置を継続したとして、以下のとおり、被告に対し懲戒処分を実施した。

なお、原告会社の就業規則による出勤停止処分の最長期間は七労働日である。

年月日 処分内容 処分事由

昭和六三年七月四日 出勤停止五日 本件屋台営業、境界地不法占拠、合鍵無断作成使用

同月二四日 同右 本件屋台営業及び「屋台部」なる機関の無断設置

同年八月一五日 出勤停止六日 同右

同年九月二日 同右 同右

同月二七日 同右 同右

同年一〇月二一日 同右 同右

3  確認の利益について

被告は、平成元年二月一〇日、本件解雇が労働組合法七条一号及び三号に該当する不当労働行為であるとして、本件解雇の撤回及び解雇後の賃金相当額の支払いを求め、組合とともに、東京都地方労働委員会に救済申立て(都労委平成元年第七号事件)をなし、同事件は、現在は中央労働委員会に係属中(中労委平成五年不再第二六号事件)である。

そして、被告は、組合ないし支部を通じて、平成元年以降再三再四にわたり、本件解雇の撤回を要求して原告会社に要求文書を送付し、併せて団体交渉を申し入れ、更に、同様の趣旨を記載したビラを本件会館内に貼付したり、あるいは原告会社役員の自宅周辺において配布又は貼付し、若しくは支部機関誌その他の文書にこの旨明記して原告会社内外に掲示又は配布をしている。

三 丙事件

組合と原告会社とは、昭和五五年一一月一七日、協定(以下「五五年協定」という。)を締結し、その三項で、「原告会社は分会に対し社外に最小限の広さの組合事務所の設置使用の便宜をはかる。但し敷金礼金及び家賃は原告会社が負担するものとする。なお、外線電話一台の設置及び最少(ママ)限度の備品の購入費用は原告会社で負担する。電話料その他の諸経費は分会で負担する。」と取り決め、原告会社が組合事務所賃借賃料を負担して社外に組合事務所を設置することに合意した。これはもともと、組合は社内に組合事務所を設置するよう求めていたが、原告会社が社外に設置することを主張して譲らないので、賃借賃料は原告会社が負担することとして、組合事務所の社外設置に合意したという経緯がある。

その後、組合が賃借人となることと組合事務所の場所が決まったので、昭和五六年一月一三日、組合は、第三者との間で、月額八万五〇〇〇円で組合事務所を賃借する契約を結ぶと同時に、組合と原告会社とは、「組合事務所に関する協定書」と題する協定を締結した(以下「五六年協定」という。)。

以上のことから、原告会社は組合に対し、以後、右協定に基づき毎月八万五〇〇〇円を支給してきたが、その後、東京都地方労働委員会における和解協定(以下「五八年協定」という。)五項によって、原告会社は、改訂された賃借賃料九万〇七二〇円を負担することが明記され、また、組合と原告会社とは、昭和六〇年二月一日、原告会社の負担額を九万五七二〇円とする旨合意し、原告会社は組合に対し、右負担額の給付をしてきた。

ところが、原告会社は、組合の昭和六二年一月以降の原告会社負担額一一万二七一〇円の増額要求を拒絶し、昭和六三年六月まで毎月九万五七二〇円を給付してきた。

(争点)

一  甲事件及び乙事件

1 本件解雇の有効性(但し、甲事件及び乙事件について)

2 確認の利益の有無(但し、甲事件について)

3 消滅時効の成否(但し、乙事件について)

二  丙事件

1 主位的請求

(一) 労働協約の有無及びこの効力

(二) 支払拒絶の当否

2 予備的請求

不法行為の成否

(一) 労使慣行の存否

(二) 消滅時効の成否

(当事者の主張)

一  甲事件及び乙事件について

1 本件解雇の有効性について

(一) 原告会社

本件解雇には前述したとおりその事由が存し、合理性及び相当性もある。

(二) 被告

被告が行った本件屋台営業は正式な組合活動である。また、被告は、原告会社の主張する「神谷商事支部屋台部」なる機関を設置したこともない。原告会社主張の「社長室への乱入・占拠・暴行」はでっちあげである。したがって、本件解雇はその事由なくしてなされたのであり無効である。

2 確認の利益の有無について

(一) 原告会社

被告は本件解雇の効力を争っており、原告会社が被告に対し雇用契約不存在の確認を求める利益を有することは明らかである。

(二) 被告

争う。

3 消滅時効

(一) 原告会社

被告が、平成六年二月七日、反訴を提起したときは、請求金額のうち、平成四年一月分以前の七八一万〇二〇〇円については、既に支払日から二年を経過しており、原告会社は、本件訴訟において、右部分につき消滅時効を援用する。

(二) 被告

争う。

二  丙事件について

1 主位的請求

(一) 労働協約の有無及びこの効力について

(1) 組合

原告会社は組合に対し、五五年協定及び労使慣行に基づき組合事務所賃借賃料全額を負担すべきである。

(2) 原告会社

原告会社が組合事務所賃借賃料全額を負担しなければならないとの合意・労使慣行はいずれも存しない。

(二) 支払拒絶の当否について

(1) 原告会社

組合(支部)は、前述したとおり、本件屋台営業を行い、その営業準備のため、組合事務所を営業材料の仕込み、営業資材の準備のために使用した。

このような行為は、事務所目的の使用に限定し、事務所供与の便宜を経費援助という方法で図った五六年協定一条「支部事務所として借りた事務所家賃として月額八万五〇〇〇円を限度として月末までに支部に支払う。」に基づく労使慣行に違反する。

したがって、このような支部の違反行為は継続的労使関係を支配する信頼関係を破壊するに十分な背信行為であり、支部自らそのような背信行為を行いながら、一方において、原告会社負担額の支払いを求めることは信義則違反ないし権利の濫用に該当し許されない。

(2) 組合

本件屋台の準備とは、被告ら支部組合員が串に刺した状態の生の焼鳥一〇〇本とたれを買ってきて、これを冷蔵庫に入れておき、本件屋台営業開始に先立ちこれを氷入りの保温ケースに詰め替えて運び出すというものであって、このような行為が、便宜供与打ち切りを正当化するほどの違法行為であるはずはなく、組合事務所を本件屋台営業に使用したことを理由とする原告会社の賃借賃料相当額の支払拒絶は労働協約違反の事実を正当化しうるものではない。

2 予備的請求

(一) 不法行為の成否(被侵害利益としての賃借賃料相当額支払いの労使慣行の有無及びその損害)について

(1) 組合

原告会社が組合事務所の賃借賃料を全額負担することとなった経過から、原告会社は組合に対し、五五年協定、五六年協定、五八年協定、昭和六〇年一月の更新時の合意により、右賃借賃料全額を負担すべき労使慣行上の義務を負っているところ、原告会社は、昭和六二年一月の組合事務所の賃料更新後も旧賃料九万五七二〇円を支給したにとどまり、新賃料一一万二七一〇円との差額月額一万六九九〇円(但し、右差額は、昭和六二年二月からであり、同年一月分については日割計算で一九日分の差額一万〇二〇〇円である。)については不支給を続けてきた。

以上のことは、昭和六二年当時、昭和五九年七月から発生した労働争議が膠着状態となっており、原告会社は組合に対する様々な支配介入行為を行い、長期化する争議の中で、組合を弱体化させる攻撃に出ていたのであって、昭和六二年一月以降の組合事務所賃借賃料の一部不支給もその一つであり、賃上げの凍結や懲戒処分の乱発により組合員の生活を締め上げる一方で、右賃料不支給により組合及び支部の財政を圧迫し、金銭面で組合が窮地に追い込まれることを狙ったものであるといえる。

そして、原告会社の昭和六二年一月以降の組合事務所の賃借賃料の一部不支給は、労使慣行を一方的に破壊するものであり、原告会社の組合に対する支配介入であり、不法行為を構成する。

右不法行為による損害は賃借賃料相当額である。

(2) 原告会社

争う。

(二) 消滅時効について

(1) 原告会社

本訴状が原告会社に送達された平成六年六月一三日には、組合請求金額のうち、平成三年五月以前の四五一万二一七四円は既に支払日から三年を経過しており、原告会社は本件訴訟において消滅時効を援用する。

(2) 組合

争う。

第三当裁判所の判断

一  甲事件及び乙事件について

1  背景事情(但し、争いがない。)

(一) 支部結成から昭和五八年までの労使関係

支部は、前記のとおり昭和五四年一一月一日に結成されたのであるが、この結成に参加したのは原告会社サウナ部門勤務の臨時従業員六名であった。支部結成以来、原告会社と組合との間で昭和五八年七月までに第一次紛争(昭和五五年四月から同年一一月までの間で、サウナ部門組合員三名の雇用契約更新拒絶、これについての団体交渉拒否、サウナ部門深夜営業の廃止、いわゆる同意約款の撤回通知をめぐっての紛争)、第二次紛争(昭和五六年四月から昭和五八年七月までの間で、サウナ部門の廃止、同意約款の破棄通告、昭和五七年度昇給についての団体交渉、喫茶部門・麻雀部門の廃止、定年制の実施をめぐっての紛争)が発生し、組合は、東京都地方労働委員会に五件の不当労働行為救済命令申立てを行ったが、いずれも協議の成立等により収束した。

(二) 昭和五九年から本件屋台営業開始までの労使関係

昭和五九年一月、総務部長兼営業部次長に吉永彰吾(以下「吉永部長」という。)が就任し、営業部長神谷信慶(以下「神谷部長」という。)と共に職場巡回が同年二月一日から実施されるようになり、約半年間続けられたが、原告会社は、分会の書記長島崎由紀夫(但し、当時の役職。)が、同年二月一四日、右職場巡回を揶揄、侮蔑する不穏当な言動を行ったとして、同人に対し、同月二三日付けで注意書を交付した。

原告会社は、同年五月二五日、職場巡回中、五階事務室でテレビを見ていた分会副分会長矢吹金男(但し、当時の役職。以下「矢吹組合員」という。)に神谷部長が「注意」したことに対し、矢吹組合員が侮辱的言辞を弄し、同部長の腹部を殴打したとして、同年六月二日付けで矢吹組合員を主任から降格させる処分をした。

組合は、これらの原告会社の処分に対し、同年七月二日、原告会社の処分事由は事実と異なり、神谷部長が暴言・暴行を働いたとして、東京都地方労働委員会に同処分の撤回等を求める不当労働行為救済命令申立てを行った。

吉永部長就任後初めての団体交渉は同年三月八日に行われたが、この席上、原告会社は議事録作成方法の変更を申し入れ、この日の団体交渉の議事録は作成されなかった。組合は、同年三月二一日の団体交渉において、テープレコーダーを使用したが、原告会社は組合が無断でテープレコーダーを使用したとして、団体交渉を中断し、このことを契機に、団体交渉は昭和六二年四月まで開催されることはなかった。

組合は原告会社に対し、昭和五九年七月一二日、神谷部長の暴言・暴行の謝罪、第二次紛争終結にあたり締結された協約の自社営業拡大条項の解約通知撤回及び団交応諾などを求める闘争宣言(第三時紛争)、現在に至っている。

原告会社は、組合員三浦篤(以下「三浦組合員」という。)に対し、昭和六〇年一月八日付けで、副主任から降格させる処分をし、役付手当一万円を減給したので、組合と三浦組合員は、降格処分撤回を求める不当労働行為救済の申立てを行うとともに、東京地方裁判所に降格処分無効確認等の訴えを提起した。この申立てについて、東京都地方労働委員会は、平成二年七月三一日、全部救済の命令を発し、東京地方裁判所、東京高等裁判所及び最高裁判所はいずれも副主任の地位確認についてこれを認める判決をした。

原告会社における昇給と一時金についてみると、昇給は分会結成当時(昭和五四年)は月額二万円であったが、その後は逓減し、昭和五七年度には五〇〇〇円となった。また、一時金は昭和五七年までは夏冬とも一〇万円以上であった。

昭和五八年度は、第二次紛争に関する協定締結の際(昭和五八年七月二九日)に、昇給額四〇〇〇円、夏期一時金五万円で原告会社提案どおり妥結した。

さらに、同年冬期の一時金について、原告会社は「一律五万円」の提案をしたが、最終的には六万円で妥結した。

組合は、昭和五九年度は昇給一万五〇〇〇円から〇円(年齢別)を要求し、原告会社は昇給月額一〇〇〇円、夏期一時金一律三万円と回答したが、結局、妥結に至らなかった。

その後、原告会社は、毎年度、昇給月額一〇〇〇円、夏期一時金一律三万円、冬期一時金一律五万円の回答を文書で行い、組合との間で妥結に至っていない。

(三) 本件屋台営業開始前後の労使関係

〈1〉 原告会社は組合に対し、昭和六二年一月分から組合事務所の賃借賃料の値上り分については、これを負担しないとして、その支払いを拒否した。

〈2〉 原告会社と組合とは、同年四月一〇日、東京都地方労働委員会の仲介により、団体交渉ルールに関する和解協定及び団体交渉時のテープレコーダーの使用に関する覚書を取り交わした。同月一六日、およそ三年ぶりに団体交渉がもたれ、以後同年七月二四日までの間に七回開催された。この団体交渉の中で、昭和五九年から未妥結になっている昇給及び夏冬の一時金について、組合は新たに過去三年間に遡って要求したのに対し、原告会社は「回答を変える意思はない。」と回答し、組合の賃上げ要求に応じなかった。

〈3〉 原告会社と組合との間で、昭和六二年一〇月一四日に団体交渉が予定されていたが、原告会社は組合側団体交渉メンバーに渋谷地区労議長が加わっていることに異議を唱えたため、この日の団体交渉は行われなかった。原告会社は、同月一六日付けで、交渉委任状、団体交渉出席者名簿の提出を要求し、組合はこれに応じなかったため、再び団体交渉は開催されなくなった。

〈4〉 原告会社は、中山組合員に対し、昭和六二年一月一二日付けで、昭和六一年一二月二二日に職場離脱があったとして出勤停止三日の懲戒処分を行い、横山秀秋支部長(但し、当時の役職。以下「横山組合員」という。)に対し、同年一〇月二〇日付けで、同年八月二二日、同年九月一八日及び同年一〇月一六日の組合集会等において、職場秩序を乱し業務を妨害する行為があったとして、出勤停止七日の懲戒処分を行った。

〈5〉 組合は、右〈1〉ないし〈4〉の原告会社の対応等について、団体交渉応諾、懲戒処分撤回等を求めて、東京都地方労働委員会に不当労働行為救済申立てを行った。

〈6〉 原告会社は、昭和六二年一月分から組合事務所の賃借賃料について値上げ分の支払いを拒否した。

〈7〉 組合の前記闘争宣言直後の昭和五九年七月から同年一二月にかけて、組合はビラ貼付闘争を行った。これに対し、原告会社は、東京地方裁判所にビラ貼付禁止の仮処分を申し立てたが、同年一二月、同裁判所において和解が成立した。しかし、原告会社は、昭和六二年七月七日、右ビラ貼付に関し一五〇万円の損害賠償請求を東京地方裁判所に提訴し、同裁判所は、平成六年四月一八日、原告会社の請求を一部認容する判決をした。

〈8〉 組合は原告会社に対し、昭和六三年三月一二日、昇給につき昭和五九年度から昭和六一年度の各年度は平均一万円、昭和六二年度は平均一万七〇〇〇円とし、遡って支給するように求めるとともに、昭和六三年度の昇給額平均三万円他八項目(要員確保)の要求書を提出した。これに対し、原告会社は、昭和六三年三月一八日、昭和六三年度夏期一時金は前年までと同様一律三万円、過年度分は回答を変更する意思はない旨回答した。

〈9〉 本件屋台営業開始後の昭和六三年六月一四日、組合は原告会社に対し、昭和六三年度夏期一時金三か月分とともに、昭和五九年度から昭和六一年度の各年度は年間一・七五か月分、昭和六二年度は年間六か月分を要求した。これに対し、原告会社は、昭和六三年六月一八日、昭和六三年度夏期一時金は前年までと同様一律三万円、過年度分は回答を変更する意思はない旨回答した。

2  本件解雇事由の存否

(一) 本件屋台営業について

〈1〉 組合は、昭和六三年五月九日、支部をして原告会社の本件会館正面玄関前の明治通り歩道上おいて、本件屋台を設置し、本件屋台営業を開始した(但し、以上の点は争いがない。)が、組合がこのような闘争を展開した主要な目的は、膠着状態にある前記第三次紛争を有利に導くための情宣活動にあったのであり(〈証拠略〉)、被告は、本件屋台営業に専ら従事したのであるが、このことは、組合が被告の生活実態から被告に右のような活動を展開させるのが最適であると判断したからであった(〈証拠略〉)。

〈2〉 ところで、本件屋台営業においては、被告ら組合員が客に焼鳥を中心とした酒食を提供するとともに、第三次紛争の実情を訴えたり、あるいは、組合の各支部や渋谷地区内の他組合に出向いて紛争について訴えて支援を受け、その返礼として額面一〇〇〇円と表示された「ユニオン屋台割引券」なる利用券を渡し、同割引券を持って屋台に来る他組合の組合員に対し右紛争の実情を訴えるなどの情宣活動を行い、本件屋台営業で得た収益金や支援金等を一旦「神谷商事支部屋台部」の銀行口座に預け入れ、これを支部組合員のストライキや出勤停止処分による賃金カット分、未妥結分の昇給・一時金分、組合事務所賃借賃料分等の一部に補填した(〈証拠・人証略〉)。

〈3〉 そして、本件屋台営業形態は、次のとおりであった(〈証拠・人証略〉)。

すなわち、リヤカーの上に木製の屋台を取り付けた屋台本体の前面に来客用の丸椅子ないし折り畳み椅子を約一〇個置き、本件屋台内及びその周辺にプロパンガスボンベ、食器類、ポリバケツ、焼鳥材料等を設置したうえ、屋台には「やきとり」と記した看板用提灯を吊し、暖簾をかかげていた。屋台前面には、「缶ビール一〇〇円」、「やきとり各種一〇〇円」などと記載した多数のメニューを掲示し、被告が専ら各種焼鳥を焼きつつ、来客する客に酒食を供し、飲食代金を受け取るというものであった。

〈4〉 以上のような態様による本件屋台営業は、前記開始日より本件解雇がなされた同年一二月下旬までおよそ七か月間余、休日及び雨天の日を除きほとんど連日のように続けられ、営業時間はいずれも午後六時前後から翌日午前零時過ぎないし午前三時ころまで行われていた。また、連日の本件屋台の準備(いわゆる「仕込み」)は、いずれも午後三時ころから行われており、これらの準備、営業はわずかの例を除き、ほとんど被告によって行われていた。(〈証拠・人証略〉)。

組合は、被告を本件屋台営業に従事させる方策として、昭和六三年五月九日から同年一二月一七日まで連日、概ね、前日ないしは当日に、不動文字で「原告会社の一連の組合つぶしに抗議し、下記の通りストライキを行うので通告する。」と記載された「ストライキ通告書」(〈証拠略〉)なる書面を原告会社に手交し、被告を指名ストライキの対象者とした(〈証拠・人証略〉)。

そこで、被告の原告会社における就業時間は午前一〇時から午後七時までであった(〈証拠・人証略〉)が、被告は連日午後三時ころからは指名ストライキと称して本件屋台営業の準備に取りかかり、引き続き午後六時ころから翌日午前三時ころまで本件屋台営業に専念しており(〈証拠・人証略〉)、また、午前中も、指名ストライキと称して本件屋台営業の支援を求めて地域の労働組合をまわったり、深夜にわたる営業のため午前中の就労は不可能であったことから指名ストライキと称して就労しなかったりした(〈証拠・人証略〉)。

このようなことから、本件屋台営業に専念していた前記期間中の被告の就労状況は、所定労働日においても全く就労しないか、就労しても二ないし三時間であった(〈証拠・人証略〉)。

〈5〉 原告会社は、組合の右のような活動に対し、昭和六三年五月二八日、本件屋台営業が原告会社の許可なくして行われた不当な行為であるので速やかに止めること、組合事務所を原告会社の許可なく不当な焼鳥営業の材料の仕込みや資材等の準備場所として使用していることについて抗議・警告する旨の、「抗議および警告書」を発し、その後も原告会社は、組合及び被告に対し、同年六月二五日までの間に、約一〇回にわたり、原告会社の許可なく本件屋台営業をしていることなどを理由に、抗議及び警告をなした(但し、以上の点は争いがない。)。

右に対し、組合は、同年七月一日、本件屋台は他社が所有し、同社との契約により組合活動に使用しているのであって、本件屋台営業は団結強化を目的とする行商等と同様の組合活動であり、誰に担当させるかは原告会社の許可を要するものではなく、何が不当な行為にあたるのか釈明を求める旨の「申入書」を原告会社に提出した(但し、以上の点は争いがない)。

しかし、原告会社は被告に対し、再三にわたる警告にもかかわらず、被告が本件屋台営業を行い、また社有地を無断使用したとして、前記二重就職の制限などを定めた就業規則二九条、勤務規則を定めた就業規則三三条六号に問擬した。その後も、被告が、引き続き本件屋台営業を行い、屋台部なる機関を無断で社内に設置しているとして、右就業規則二九条、前記服務心得を定めた就業規則三〇条三号に違反しているとして、前記のとおりの懲戒処分を行ったばかりか、組合事務所の賃借賃料についても、同事務所を、原告会社の許可なく不当な本件屋台営業の材料の仕込みや資材等の準備場所として使用しているとして、昭和六三年七月分から打ち切った(但し、以上の点は争いがない。)。

そして、原告会社は横山組合員に対し、再三にわたる警告にもかかわらず、同人が被告に屋台営業を行わせたとして、支部長としての機関責任を問い、またその後も引き続き屋台営業をさせ、屋台部なる機関を無断で社内に設置させたとして、次のとおりの懲戒処分を行った(但し、以上の点は争いがない。)。

処分年月日 処分の内容 処分理由

昭和六三年七月七日 出勤停止五日 屋台営業(機関責任)

同月二九日 同右 屋台営業継続、屋台部無断設置(ともに機関責任)

同年八月一五日 出勤停止六日 屋台営業継続、屋台部無断設置継続(ともに機関責任)

同年九月二日 同右 同右

〈6〉 なお、平成元年二月三日及び同月二一日、渋谷警察署と東京都第三建設事務所(当時)の連名で屋台撤去の警告書が本件屋台に貼付され(〈証拠略〉)、平成二年三月一五日、渋谷警察署名で、さらに平成三年一一月二二日及び一二月二〇日、渋谷警察署と東京都第七建設事務所の連名で、即時撤去の命令文がそれぞれ本件屋台に貼付され、渋谷警察署及び東京都第七建設事務所により、同年一二月二五日には本件屋台が撤去された。その後、組合は、同事務所から本件屋台の返還を受け、平成四年一月一七日から本件会館玄関前で本件屋台営業を再開したが、同年三月、渋谷警察署長と東京都第七建設事務所長との連名で、屋台営業を禁止する旨の看板四枚が本件屋台周辺に立てられた(〈証拠略〉)。

(二) 「神谷商事屋台部」なる機関の無断設置について

〈1〉 原告会社は、昭和六三年六月二二日、配達された郵便物の中に、「渋谷東口会館内六階、神谷商事支部屋台部代表者ヨシオカケイジ様」なる宛名の住友銀行からの簡易書留郵便(〈証拠略〉)があるのを発見した(〈証拠・人証略〉)。

原告会社は、右郵便物の存在をもって、被告が本件会館内六階に「支部屋台部」なる機関を無断で設置し、屋台部取引口座を銀行に開設した旨判断し(〈証拠・人証略〉)、被告及び支部に対し、このような行為を直ちに止めるように通告・警告し、かつ処分も行った(但し、以上の点は争いがない。)。

〈2〉 被告が右簡易書留の宛先を本件会館六階としたのは、当時、被告の職場が六階にあったので、被告が受け取るために宛先を指定したことにあった(〈証拠略〉)のであり、これ以外に、本件会館六階の一部を囲うなどしたり、あるいは「神谷商事支部屋台部」のために人を雇い入れるなどの人的配置をしたこともなく、その他本件会館六階に「神谷商事支部屋台部」が設置されたという外観も内実もない(〈証拠・人証略〉)。

(三) 社長室への乱入・占拠・攪乱・妨害について

〈1〉 組合の千葉書記長らは、昭和六三年一〇月二四日午後三時すぎ、事前の通知等なく、神谷副社長が執務していた本件会館九階社長室に中扉を開けて入室しようとした(〈証拠・人証略〉)。

なお、右社長室には廊下に面する扉から入ると社長応接室(以下「応接室」という。)があり、応接室の中扉を開けて社長執務室に入るという構造になっている(〈証拠・人証略〉)。

〈2〉 右社長室において執務中の神谷副社長が中扉まで行くと、社長応接室には千葉書記長をはじめ、被告ら組合員が既に入室していた(〈証拠・人証略〉)。

なお、被告ら組合員の多くは、同日午後六時から予定されていた集会に出席するために、同日午後三時からストライキ中であった。(〈証拠・人証略〉)

〈3〉 千葉書記長は、「申入れがある。」と言って社長執務室内に入ろうとしたため、神谷副社長が千葉書記長に対し、「申入れはいつものように八階の事務所の総務へ行くように。」と同室からの退去を要請したが、千葉書記長は、これを無視して社長執務室内に入ろうとしたため、退去を求める神谷副社長との間で押問答となった(〈証拠・人証略〉)。

なお、組合ないし支部からの原告会社に対する「申入れ」等の連絡(文書の授受を含む。)は、従前から本件会館八階の原告会社事務所の総務で行うこととなっていた(〈証拠・人証略〉)。

右当日のストライキ通告も、被告が同日午後二時五〇分ころ、総務部の小林課長に手交しており(〈証拠・人証略〉)、また、千葉書記長が社長執務室に入室しようとしていたころにも、吉永部長と横山組合員とは、右八階の事務所で、次回団交の打合せを行っていた(〈証拠・人証略〉)。

〈4〉 総務部保坂次長が九階社長室へ行くと、廊下に組合員二名がおり、応接室に千葉書記長、被告ら組合員が入室していて、千葉書記長、被告らが中扉の前で神谷副社長と押し問答していた。そこで、保坂次長は、これらの者の体を押し分けて、中扉の中に入り、「表へ出なさい。」、「申入れがあるなら八階に行きなさい。」と繰り返し指示したが、千葉書記長、被告らは、「申入れがあると言っているだろう。」等と言いながら社長執務室内に入り込んできた。保坂次長らは、これに対して、両手を広げて、「八階に行きなさい。」、「外へ出なさい。」と繰り返したが、千葉書記長、被告らはこれに応じなかった(〈証拠・人証略〉)。

〈5〉 吉永部長は、午後三時一〇分ころ、被告ら組合員を押し分けて社長執務室に入り、組合員らに繰り返し退去を求めた。しかし、組合員らは千葉書記長、被告らを先頭に次第に社長執務室に入ってきて、ついに廊下にいた二名を除く八名が社長執務室に入ってきた(〈証拠・人証略〉)。

〈6〉 そこで、会社役員、管理職員はそれぞれ、組合員に対し、「外へ出なさい。」、「申入れがあるなら八階へ行きなさい。」と退去を指示したが、組合員はこれに応じなかった(〈証拠・人証略〉)。

〈7〉 千葉書記長は、役員の机の上に置いてあった組合作成のビラをコピーしたものを取り上げ、「これは組合事務所内か、組合員にしか渡していないのに、なぜここにあるんだ。会社が泥棒した。」と言い出した。会社の役員らは、「社内に放置されていたのでひろったものだ。」、「いちいち組合にいう必要はない。」と反論し、退去を求めた。千葉書記長は、「会社が泥棒したから一一〇番する。」と言って、社長の机の上の社長専用電話で電話をかけ始めたため、管理職員等はこれを押さえて制止した。この間、横山組合員も常務取締役の机上の電話で電話をしようとしたが、保坂次長がこれを制止した。千葉書記長は、ひとり八階事務所に赴き、室内の電話で、「泥棒がいる。」と一一〇番通報した。その後、千葉書記長は再度九階の社長執務室に戻り、役員らの退去指示にもかかわらず、社長室から退去しなかった(〈証拠・人証略〉)。

〈8〉 このような状況から、原告会社は、自力で組合員の退去を行うことは不可能と判断し、同日午後三時四〇分ころ、渋谷警察署警備課に電話し、組合員らが四〇分間にわたって社長室から退去せず暴行を働いた等の説明を行い、事態収拾のため、来社を要請した。同日午後四時一〇分ころ、警察官が来社し、全員を社長室から廊下に出し、双方から事情聴取し、被告ら組合員は引き揚げた(〈証拠・人証略〉)。

3  本件解雇の効力について

先ず、本件解雇事由のうち本件屋台営業についてであるが、前記認定事実によると、原告会社と組合とは、昭和五九年七月以降労働条件などをめぐって紛争状態にあったところ、組合は、その闘争の一環として本件会館正面玄関前の歩道上において屋台を設置して焼鳥営業を展開し、この責任担当者として被告を当たらせたというのである。このように本件屋台営業は、それ自体組合活動の一環として本件会館玄関前とはいえ歩道上において行われたのであるから、原告会社の本件会館についての施設管理権と抵触するところはなく、原告会社の営業とも関わりのないのであるから、その妨害行為とも評することもできず、したがって、原告会社は本件屋台営業自体について組合ないし被告に対しその責任を追及できる立場にはないというべきである。

そこで、問題となるのは、被告がおよそ七か月間余り、休日及び雨天の日を除き、殆ど本件屋台営業に従事し、このため、この間不就労と評価できるほどの勤務状況にあったということである。

被告は右欠務等につきストライキ権の行使を主張するが、前記認定のとおり、被告は専ら屋台の準備、本件屋台営業等を行うために、職場を離脱する方便として、指名ストライキ権の行使と主張していたのであるが、このストライキ権の行使なるものは、組合の要求貫徹のための手段として行われたものと解することはできず、組合の指令に基づくものであったとしても、争議行為と評価することはできない。組合用務のために指名ストライキ権行使が許されないのと同様、本件指名ストライキ権の行使は、専ら被指名者である被告をして、本件屋台営業という組合要務に従事させるための名目にすぎず、正当目的を欠き、ストライキ権の濫用であると言わざるを得ない。

次に、「神谷商事屋台部」なる機関の無断設置についてであるが、前記認定したところによると、住友銀行から被告宛に「渋谷東口会館六階、神谷商事支部代(ママ)表者ヨシオカケイジ様」なる簡易書留郵便が配達されたことをもって被告が本件会館六階に「支部屋台部」なる機関を無断で設置したと判断したというのである。

しかし、被告が当時他に本件会館内に人的・物的設備をしたことはなかったというのであるから、右の事実のみをもって原告会社の主張する就業規則四条、二六条、三〇条三号、三三条六号に違反したということはできず、したがって、本件解雇事由を定めた同規則二一条九号に該当することもない。

最後に、社長室への乱入・占拠・攪乱・妨害についてであるが、前記認定したところによると、被告は、千葉書記長ら八名とともに事前の何らの通知などもなくこれまでの取り扱いを無視していきなり社長室に乱入し、同室で執務中の神谷副社長ら管理職の同室からの退去要請をも無視して同室に約一時間にわたり滞留し、同室で執務中の神谷副社長の執務の妨害行為に及んだというのである。

そうすると、被告の右行為は、就業規則四条、二六条、三〇条七号、三一条一、九及び一〇号、三六条六号に違反し、解雇事由を定めた同規則二一条九号に該当するということができる。

そこで、本件解雇の合理性及び相当性について検討するに、被告は、組合活動のためにおよそ七か月間余りにわたり原告会社の再三にわたる警告を無視して労務提供を拒否して本件屋台営業に従事していたというのであるから、その態様もさることながらその期間の点においても軽視することのできない行為であるということができる。また、社長室への乱入等も、その態様、手段・方法の点等からみても到底看過することのできない行為であるといわなければならない。

以上の諸点を考慮すると、原告会社の対応には些か硬直したところがないではないが、本件解雇は合理的理由を有し、相当であったということができる。

以上のとおりであるから、前記争いのない事実に照らし確認の利益が認められる本件においては原告会社の甲事件請求には理由があり、被告の乙事件請求には理由がない。

二  丙事件について

1  主位的請求について

(一) 労働協約の有無及びこの効力

(1) 組合事務所便宜供与の経緯について

前記争いのない事実によれば、原告会社は、組合との間で、五五年協定で組合事務所設置に関し賃借賃料等を原告会社が負担する旨の便宜供与協定を締結し、五六年協定に基い(ママ)て原告会社は組合に対し、組合事務所の賃借賃料として毎月八万五〇〇〇円を支給し、五八年協定では原告会社の負担額が九万〇七二〇円となり、その後、組合と原告会社とは、原告会社の負担額を毎月九万五七二〇円と合意し、原告会社は組合に対し、この合意に基づいて毎月九万五七二〇円を支給してきたというのである。

そこで、組合は、原告会社は五五年協定に基づき組合事務所賃借賃料全額を、これが改訂された場合にはこの改訂額を負担すべきである旨主張するので、組合事務所賃借賃料負担についての五五年協定締結前後からの経緯についてみることとする。

〈1〉 原告会社と組合とは、第一次紛争終結に際し、組合事務所の供与についての交渉を行い、その設置場所について、組合は社内を、原告会社は社外をそれぞれ主張したが、昭和五五年一一月一七日に締結した第一次紛争全体に関する協定の三項で、「原告会社は分会に対し社外に最小限の広さの組合事務所の設置使用の便宜をはかる。但し、敷金礼金及び家賃は会社が負担するものとする。なお、外線電話一台の設置及び最小限度の備品の購入費用は原告会社で負担する。電話料その他の諸経費は分会で負担する。」と定めた(〈証拠・人証略〉)。

そして、原告会社は、昭和五五年一一月二六日の組合との事務折衝において、組合事務所の便宜供与実施に関し、原告会社は、組合事務所を会社名義で借り、原告会社はこれを同年一二月七日までに使用できるよう最大限努力することを約し、組合は、同日に組合事務所を使用することができないような場合には独自の判断をすることを言明した。

〈2〉 その後、原告会社は、組合との組合事務所設置についての事務折衝の中で、原告会社が事務所を原告会社名義で賃借してこれを組合に転貸する旨の意向を示したが、結局、転貸に伴う紛争を避けるということから、組合が賃借人となることとなり、組合は、昭和五六年一月一三日、本件会館からおよそ五〇〇メートル離れたビルの一室(二五平方メートル)を期間二年、賃料月額八万五〇〇〇円等の内容で、賃借することとなった(〈証拠・人証略〉)。

そこで、原告会社と組合とは、同日、左記の内容の組合事務所に関する協定を締結した(〈証拠・人証略〉)。

一条 原告会社は組合が支部の事務所として借りた事務所賃料として月額八万五〇〇〇円を限度として月末までに支部に支払う。

二条 原告会社は組合が事務所を賃借するについて組合及び分会に対して賃貸借契約時の礼金を支払い敷金を貸付ける。敷金は賃貸借契約終了と同時に返済する。

三条 事務所にかかる管理費・電話料・電気・ガス・水道その他の費用は一切組合が負担する。

四条 原告会社は支部に対し、事務所の備品として下記の物品を貸与する。

電話機一台 片袖机一個 椅子一個

五条 事務所は支部が使用し維持管理する。

六条 原告会社は上記以外の家主と組合間における事項については一切の責めを負わない。

七条 この協定書の有効期間は賃貸借同時の昭和五六年一月一三日から昭和五八年一月一二日までとする。

〈3〉 第二次紛争中の昭和五八年一月、原告会社と組合とが喫茶・麻雀部門の廃止と定年制を巡って対立状態にある中で、組合事務所賃貸契約の更新時期を迎え、組合事務所の賃料が九万〇七二〇円に値上げされた。ところが、原告会社は、前記協定賃料が月額八万五〇〇〇円となっていることを理由にこれ以上の支払いを拒否した(〈証拠略〉)。

〈4〉 組合と原告会社は、同年七月ころ、東京都地方労働委員会の調整により第二次紛争について全面解決に向けての協議がなされた(〈証拠略〉)。原告会社は組合に対し、同月一八日付けで組合の提案に対し回答を行い、組合事務所問題ではその五項で、「家賃については協定で八万五〇〇〇円を限度としているが、その限度を八万七〇〇〇円とする。」とした(〈証拠略〉)。しかし、組合は、原告会社の右回答に納得せず、組合事務所賃料は全額原告会社が負担すべきである旨主張し、以後、原告会社との間で事務折衝が行われ、原告会社から九万円を負担する等の提案があった後(〈証拠略〉)、同月二九日、第二次紛争について和解協定が締結され、その五項において、「家賃については九万〇七二〇円に値上げする。但し、支払いは解決したその日より支払う。」と定められた(〈証拠略〉)。

〈5〉 ところが、昭和六〇年一月一三日、組合事務所の賃料が九万五七二〇円に値上げされた。

そこで、原告(ママ)組合は会(ママ)社に対し、昭和六〇年一月二八日付けで、賃料の値上げに応じるのか否か等について原告会社の意向を問う旨の申入書を送付した(〈証拠略〉)。これに対し、原告会社は、同年二月一日、九万五七二〇円を支払う旨回答した(〈証拠略〉)。

〈6〉 昭和六二年一月一三日、組合事務所の賃料が一一万二七一〇円に値上げされたので、組合は原告会社に対し、改定後の賃料を支払うよう要求した。しかし、原告会社は、原告会社が賃料全額を負担する約定はなく、従前どおりの九万五七二〇円を支払う旨回答し、値上げ分との差額の支払いを拒否し、これに対し、組合は、改定後の賃料による原告会社の負担を要求し、昭和六二年二月分から昭和六三年一月分まで原告会社が提供する月額九万五七二〇円の受領を拒否した(〈証拠略〉)。

そこで、組合は原告会社に対し、同年九月九日、組合事務所賃料問題の解決案として、原告会社が新賃料を支払うこと、本件会館内に最小限の広さの組合事務所を設置すること、組合は月額九万五七二〇円の範囲で組合事務所を移転することとし、原告会社は組合に「組合と家主の契約に一切関知しない」旨の確認書を提出する、という三案を提案したが、原告会社は、同月一二日付け回答書で、右三案とも拒否し、「但し、組合が支部事務所移転を必要とする場合は事前に原告会社に申し入れされたい。原告会社は検討の上、回答する」旨回答した(〈証拠略〉)。このようなことから、組合は、昭和六三年一月二六日、原告会社から提供のあった昭和六二年二月分から昭和六三年一月分までの月額九万五七二〇円の旧賃料を一括して受領し(〈証拠略〉)、その後は、原告会社が提供する月額九万五七二〇円を受領した(〈証拠略〉)。

原告会社は、同月二九日、組合事務所の郵便受けが「CU東京ユニオン」と表示されていることについて、協定に違反し使用範囲を逸脱して使用しているので直ちに止めるよう申し入れるとともに、原告会社の賃料負担額を変更する意思のないことを伝え(〈証拠略〉)、これを受けて組合は、その後右表示を神谷商事支部名に変更した(〈証拠略〉)。

〈7〉 ところが、原告会社は、組合が本件屋台営業を開始すると、昭和六三年五月二八日、六月一一日及び同月一八日、組合事務所を屋台の準備のために使用してはならない旨組合に対し抗議と警告を行った(〈証拠略〉)。

そして、原告会社は組合に対し、同月二五日、同年七月一日以降も組合事務所を本件屋台営業の準備のために使用した場合には、組合事務所の賃料の会社負担額の支払いを打ち切る旨通告したが、組合は、これに応じなかったので、原告会社は組合に対し、同年七月四日、七月分からの賃料負担額の支払いを打ち切る旨通告し、右支払いを打ち切った(〈証拠略〉)。

(2) 組合事務所賃借賃料全額支払請求権の有無について

前記認定事実によると、原告会社の組合に対する組合事務所便宜供与を定めた五五年協定は、原告会社が組合事務所賃借賃料を負担する旨の内容となっているのであるから、原告会社は組合に対し、組合事務所の賃借賃料の負担義務があるということができる。

原告会社は五六年協定により五五年協定は破棄された旨主張するが、有効期限の定めのない労働協約の終了原因として解約が存し、その手続については労組法が明確に規定しているのであるから(同法一五条三項前段、四項)、既存の協約に明白に反する協約規定を当事者間が(ママ)締結した場合は格別、そうでない場合は、原則として、既存の協約は有効に存在するものというべきである。本件における協定は前記認定のとおりであり、五六年協定が五五年協定に明確に反するとまでは断じがたく、原告会社の主張は失当である。

ところで、原告会社が負担すべき組合事務所の賃借賃料の具体的金額についてはその都度原告会社と組合との間で協定などにより定まってきたのであり、原告会社はこれに従った金額を支給してきたというのであるから、五五年協定によって原告会社が組合に対し組合事務所賃借賃料を具体的に負担すべき義務が発生しているものということはできない。したがって、五五年協定によって原告会社は組合事務所賃借賃料全額の支払義務が発生している旨の組合の主張は理由がない。

そうすると、原告会社は組合に対し、組合事務所賃借賃料として最終的に合意された金額である月額九万五七二〇円の支払義務があるということができるので、これとこの限度での未支給額とを支払わなければならない。

しかし、組合の主張している一一万二七一〇円については、組合は右の合意が成立したことの主張をしていないし、また、原告会社が負担すべき賃借賃料の具体的負担額についてはその都度協定等の合意によって定まってきたというのであり、原告会社が組合の主張する金額の負担義務を負う旨の労使慣行の成立する余地もないから、右九万五七二九(ママ)円を超えての支払請求部分は理由がない。

(二) 組合事務所賃借賃料支給拒絶の当否について

原告会社が組合に対し支給義務を負っている賃借賃料の支給を打ち切るためには、前記のとおり、五五年協定等の解約・破棄が必要であると解すべきところ、本件においてはこれら協定等の解約手続が行われたと認めるに足る証拠がない。また、そもそも一般に使用者の組合に対する便宜供与の撤回は、使用者の判断によって無制限に許されるものではなく、組合との協議を欠く場合や、便宜供与の撤回に合理的理由を欠く場合等、権利の濫用にわたる場合には右撤回は許されないものと解すべきである。

ところで、本件においては、組合事務所は本件屋台営業で使用される焼鳥等を一時保存するために利用されていたにすぎず、また、組合の主張する被告の指名ストライキ権の行使なるものは正当とはいえないものの、そもそも本件屋台営業自体は違法な行為であるとはいえず、右指名ストライキ権の行使の違法と組合事務所の使用とは別個の問題であり、賃料支給拒絶当時、原告会社は専ら本件屋台営業を問題としており、右指名ストライキ権の行使を格別問題としていなかったのであり、原告会社は、組合と文書の交換をしたのみで、賃料支給の打ち切りについては団体交渉を行っていないことなど、前示のとおりの本件事実関係に照らすと、原告会社の昭和六三年七月分以降の組合事務所賃借賃料の支給の打ち切りは、組合との協議が不十分であるばかりか、その打ち切りにつき合理的理由が認められないから、何らの効力をも生じないものといわなければならない。

2  予備的請求について

原告会社に組合の主張するような組合事務所の賃借賃料の全額負担義務の慣行が認められないことは前述したとおりであり、仮に、そのような労使慣行が存したとするならば、これに基づいた権利行使の可否が問題となるのであって、これとは別個に原告会社の組合事務所賃借賃料不支給について損害の観念を容れる余地はないというべきである。

したがって、この点に関する組合の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

(裁判長裁判官 林豊 裁判官 合田智子 裁判官 三浦隆志)

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